小島里恵 (1999年・チリ)


 あの3ヶ月を思い起こしてすぐに目に浮かぶのは、パタゴニア地方特有の雨と風がやんで静まり返った水平線上に見えた、青く煌く氷山。すんだ冷気で何よりも青く透き通っている。生きているこの地をいつまでも残したい。アドベンチャープロジェクト、Sea Kayaking.これから進み続ける自分の核となる自信がほしくて飛び込んだチリ、パタゴニア。あこがれつづけたその地で自分を試せることが嬉しくてたまらなかった。

 300Kmの新記録を作ろうと、イギリス人ベンチャラー14名(*1)+ちょっと頼りない日本人ベンチャラー1名で臨んだ、ラグナ・サンラファエル。カヤックならトレッキングより余裕をもてると甘えた私の考えは初日から覆されることになる。
 周りにそびえる雪山から吹き降ろされる雪と風は波を立て、海面に出たパドルを吹き飛ばす強さ。バランスを崩さないよう、ボートレースのように頭を下げ、歯を食いしばりながら重いカヤックを前へ押し漕ぐ。パートナーの力が船を通して体に伝わる。プレッシャーに感じながらも励まされ、海でのカタックに不慣れな自分に苦しむ。救ってくれたのはたくさんの友達、仲間を思う友の心。海面に立って突然姿を表して驚かすペンギン、パドルがあたってしまいそうなところで2頭ついになって旅を共有した愛嬌のあるイルカたち、200頭近くもいて、「かわいい」よりもその波が恐ろしかったアザラシの群れ。両手のはがれたまめも何のその、やさしい気持ちを取り戻す。負けそうな心も底力で何とか押し切り、長い一日の旅が終わる。

 雨上がりの空に虹が出て、水面に色までも鮮やかに映し出す。久々に出会う海面の自分の顔に照れくさくて笑った、9日目、水平線上に青い氷山がみえた。このときばかりは皆横一列、カヤックを並べてスターウォーズのテーマを歌いながら、先走る気持ちを追って進んだ。氷山からの冷気をほほで感じながら、両脇を山ではさまれ川と化した海をすべりぬけると、そこはフィヨルド。視界が広がり息が白くなった。海面に漂う無数の氷塊は波をうけ、ぴちぴちと手を叩くほどの音を立てながら形を変えていく。湾いっぱいにその音が響く。崩れてしまうほどに青く透き通った氷山を見上げると眩しかった。ずっと眺めていたかった。写真なんてどうでもいいと思った。この目で見ていたかった。これは間違いなく人生ベスト5にはいる光景だよ。 やっと言葉を発した。
 たくさんの笑顔と言葉に救われた。想像以上の過酷な状況の中で私にできたのは、友の気持ちを理解すること。ことばでわかりあうことは勿論、大切。でもうまく自分を表現できない私でも取れる方法はある。



 スタート時、空港でlost luggage に出くわしてしまった。備品を提供してくれた方々に申し訳なく不安に思いながら何もないところから始めることが自分にはふさわしいと気持ちを駆り立てる。フィールドベース到着後、私の話を聞いた一人の友は笑顔でぽんと背を押してこう言った。「おなかすいたでしょ。食事をとろう。」やさしさとはこういうことだ。彼女のように強くありたいと、相手が話す状況を心地よくできたらいいと感じた。エクスペディションが終わった今でも、これは自分への課題。私なりの表現を素直にできたらと思う。話したら霧がないほどのあの3ヶ月をこれからも輝かせていけるようにローリーで強くなった仲間たちとそれぞれの道を大切にしていきたい。