白石 義文(1997年・マレーシア)



 第3フェイズではジャングルを2週間にわたってトレッキングしてマレー半島最高峰のグヌン・タハンという山に登る予定だった。しかし僕は2日目にマメをつくってしまい、それがどんどん悪化したため6日目の補給ポイントで残念ながらトレッキングを続けることを断念してフィールドベースに戻った。ジャングルの中は太陽の光が届かないため洗濯物は乾かずいつも濡れっぱなし、体は臭い、荷物は重いとなかなか過酷だったが、僕が抜けたあとはもっと大変だったようだ。

 また最初のうちは、「今なんて言ったかわかった?」 日本人ベンチャラ−で互いに確認しあうことが度々あった。 英語がわからないため、準備やキャンプサイト作りなど全体を通して行動が後手後手になり、自分の情けなさを感じた。またフェイズ中は予定がころころ変わるので、それを把握するのも大変で、議論をする回数も多かったが、状況が把握できていないと意見を言うことができず、持っていた食料を全部使うと勘違いして、夕飯に余ったご飯を全部炊こうとしてみんなに笑われたりもした。自分の主張もはっきりと言えるようになるにはやはりかなり時間がかかった。要は気持ちの持ちようだと思うが。(抜粋)