上野 乃倫子 (1999年 オマーン)
 

 オマーンから帰ってから、自然とエクスペディションでの日々を幾度も振り返る。思い、考えるうちに、不思議な違和感を伴って思い起こされるシーンが多くあることに気づいた。「あれは、自分だったのだろうか」という、それまでの生活の中での自分と比較してのズレに対する疑問だった。

 昨年の9月、まだ残暑の厳しい東京。前日ほぼ徹夜でてんてこまいしてつめこんだバックパックを背負い、あまり現実感のないまま、私は飛行機に乗り込んだ。不安はあまり感じなかった。というよりは、出発前1ヶ月の間に友人たちが開いてくれた壮行会の疲れと、自らの準備に対する緊張感のなさに、少しせつなくなっていたというのが、本当のところである。
 エクスペディションが始まり、私の第一フェイズは、砂漠の真ん中にあるプロジェクトサイトで、ホワイト・オリックスという動物の保護活動を行っているレンジャーたちの協力を受け、ビジターセンターに壁をつくったり、ガゼルの水飲場をつくったりするビルディングプロジェクトだった。毎日地平線の向こうから太陽が昇り、逆の空の下に沈んでいく。視界には、空と大地しかない。でも、それで十分だった。英語に関しては、3ヶ月間通してストレスの感じ通しだったが、逆にそのお陰で気づけたこと、感じられたこと、行動できたことも多くあったように思う。このプロジェクトでは他に、ホワイト・オリックスに餌をあげたり、遊牧民族であるベドウィンたちのキャンプに招かれ、パーティをして楽しむこともできた。そして、毎晩遅くまで、信じられない程の満天の星空の下、友人たちと語り合った。忘れえぬ、夢のような日々だ。

 第二フェイズは、海亀保護プロジェクトに参加した。海まで徒歩10分のところにキキャンプをはり、レンジャーたちの小屋の近くに壁をつくる。これまたビルディングプロジェクトだった。すぐそばの海では、毎朝毎晩、大きな海亀が卵を産み、小さな生まれたばかりの無数の子亀たちが湧き出るように砂から顔を出し、海へと還っていく。月明りに照らされて、あまりに幻想的に浮かびあがった生命のドラマは、現実感を失ってしまう程に、ただただ美しかった。そんなところで、陽気で騒ぎ好きのメンバーたちと、毎日歌い、踊り、叫びながら過ごした。私が最も開放的になることができたプロジェクトだったと思う。

 第三フェイズは、トレッキングプロジェクトで、小さな島に数日渡り、また島から戻って数日トレッキングをした。しかし、残念ながら、土地のガイドをしてもらえるはずであったレンジャーたちとの折り合いがうまくつかなかったなどの理由で、結果としてとても簡単なトレッキングとなってしまった。それでも、限られた中でできることはしたし、時間があったぶん色々なことを考えた。不思議なことに、第三プロジェクト中に、何度か日本にいる夢を見た。エクスペディション終了間際だったということからかもしれないが、日本の夢を見た朝、起きてからオマーンにいる現実に感謝し、ゆるんだ気を引き締めた。まだできることがある、やってないことがある。日本に帰りたいとはついに一度も思うことがなかった。

 冒頭にあったように、この3ヶ月間は、時に自分が自分ではないような感覚があった。おそらくそれは、環境のなす感情的開放のためであったり、神経が過敏になったためであったりするのだろう。言葉(英語)に自信がなかった分、歌ったり絵を描いたり、自分にできる全ての手段をフルに使い、自分を表現し、友人たちに伝えようと思った。同時に、同じように友人たちが発信しているメッセージに敏感になった。とにかく現時点での自分という材料を最大限に使ってエクスペディションを楽しもうとした。常にその気持ちがベースになっていたと思う。

 そんな中で、全てのものは各々の世界を生きている、と感じた。世界は、ひとつひとつが真直ぐに、寄りかかることなく立っている。私も自分の中に自分だけの世界を育てている。自分の世界を大切にしつつ、外部の世界と接触し、調和をとること。簡単なことなのだろうけど、ともすれば日常の中にうもれて忘れがちになってしまいそうなことだ。全てのものは対等に、立っている。私は自分の中の世界をもっと強く育てていきたいと思う。そして他の世界と接触する手段をもっともっと得ていきたい。漠然としていて抽象的だけれど、そう感じた。嬉しいこと、悔しいこと、様々な感情があった3ヶ月間。その中でのことは、すぐには全てを消化できないし、伝えることはできない。これから、少しずつ染みこんでいくのだろうし、育てていくのだろうと思う。オマーンでは、今まで思い出したこともなかったような小さなことから、家族や友人のことなどいろいろなことが、思い起こされ、大切に思った。特に何ということもなく、素直に、そこにあるものをただ認めるような感覚で感謝した。そんなオマーンでの日々は、夢のように、でも確かに私の中にある。今まで出合うことができた全ての人たちに心からの感謝を伝えたい。