山本 志保(1999年・モンゴル)

 暖かい夜はいつも、天の川の下で眠った。毎夜、星の流れるのを数えながら、その同じ空を見上げているだろう友を想った。風が吹き、一陣の砂がさらさらと体の上をかすめ飛ぶたび、砂漠の上に新しい風紋が描かれてゆくのをほほで感じた。月の光にてらされて、夜のゴビ砂漠は、はてしなく白く輝く。

 8月10日。ゴビ横断トレッキングが始まって一週間、スタート地点の村、SEVREYでグループ内に蔓延した病気は、例外なく私の体の中にも入りこんだ。下痢は止まらず、立ち上がることさえ苦しい。日中気温は40度を超え、地平線には蜃気楼が揺らめく。砂と太陽に、身をかためて、砂漠の大地はじりじりと、体から水分を搾り取る。GPSたよりにトレッキングは井戸から井戸への移動だった。井戸に着き、水がまだ湧き出ているかどうかを、みなで覗き込んでから、休息を取る。侵入者たちはこちらで、勝手とわかってはいても、この日は、べエベエ群がってくる羊たちが疎ましかった。あとからあとから、わきでてくる羊は、井戸の周りのぬかるみをさらに踏み荒らし、そのたびに、私たちの水筒へ入る水は、漏斗とバンダナで漉しても漉しても、茶色くにごっていく。せめて水だけでも、とおもい、ひとくちふたくち飲みくだすと、直後から痛烈な腹痛がおそいかかり、シャベルを片手に、よろめきながら地面のくぼみに倒れこむ。

 私は、少しずつ弱ってきていて、それを止めることができなかった。顔のなかで、目がぎょろりと動くのを感じるとき、ああ、弱ってきたんだなと、どこかで思いながらも、同時に神経が少しずつ静まり、透き通っていくのを感じていた。友達の一人一人がいとおしく、差し伸ばしあう手と、交わしあう笑顔にしびれた。人声の響きも、野馬のいななきも、砂礫は飲み込み静寂の世界を作り出す。破ってはいけない静けさは、砂漠の夜明け。白みつつある頭上を、鳥が飛ぶ。鳥の翼がひゅんひゅんと空を切るころ、風も動き出す。

 20日、トレッキング終了、BULGAN村に入る一歩手前の、遊牧民のゲルに夜10時ごろたどり着く。身も知らぬ旅人に、火をおこし、とろけるような暖かい食事でもてなしてくれたモンゴルの人々。この日の日記を開くと、大きな文字が目に飛び込む。「豊かなくらし、社会の進歩、人の幸せって何だろう?」